会社を始めた頃は、自分一人しかいませんでした。
設計も、見積もりも、現場の確認も、請求書の発行も、細かな連絡も、すべて自分でやっていました。
自分で考えて、自分で決めて、自分で責任を取る。
当時は、それがごく自然なことでした。
その後、少しずつスタッフが増え、これまで一人でやっていた仕事を分担するようになりました。
そこで初めて、「任せる」ということについて考えるようになりました。
正直に言えば、今でも自分でやった方が早いと思うことは多いです。
自分で確認した方が安心できますし、自分の知らないところで仕事が進んでいると、少し落ち着きません。
一人で仕事をしていた頃の感覚が、今もどこかに残っているのだと思います。
ただ、仕事を渡すだけでは、任せたことにはなりません。
これまでの経緯や、お客さまとの会話、予算の感覚、納まりの考え方。
自分の頭の中には、判断のもとになる情報がいくつもあります。
それを十分に伝えないまま仕事をお願いして、思っていたものと違うものが上がってくると、
「やっぱり自分でやった方が早かったな」
と思ってしまいます。
けれど、振り返ってみると、相手の問題というより、自分の伝え方が足りなかったことも多くありました。
任せる側は、つい「これくらいは分かるだろう」と考えてしまいます。
でも、任される側からすれば、判断するための材料が渡されていません。
その状態で、こちらが思う答えだけを求めるのは、少し違う気がします。
一方で、細かく指示を出しすぎるのも難しいところです。
手順も判断も答えも、すべてこちらで決めてしまえば、仕事はその通りに進みます。
短い目で見れば、その方が早く、間違いも少なくなります。
ただ、それが続くと、任された側は少しずつ、自分で考える必要がなくなってしまいます。
「次は何をすればいいですか」
「この場合はどうすればいいですか」
と、その都度、指示を待つようになります。
でも、それは本人だけの問題ではありません。
任せると言いながら、考える余白をこちらが小さくしていることもあります。
任せるということは、仕事と一緒に、考える余白も渡すことなのだと思います。
目的や、品質、予算、工期、法令など、外してはいけないことは共有する。
そのうえで、進め方や答えの出し方は、できるだけ本人に考えてもらう。
自分の考えと違っていても、すぐに直すのではなく、まずはなぜそう考えたのかを聞いてみる。
そうしたやり取りを重ねながら、少しずつお互いの判断基準を共有していくのだと思います。
では、自分がスタッフだった頃はどうだったでしょうか。
振り返ってみると、最初から自分で考えて動けていたわけではありませんでした。
分からないことも多く、失敗しないように、指示された範囲から出ないようにしていた時期もありました。
一方で、細かな指示を受けた仕事よりも、ある程度任せてもらった仕事の方が、今でもよく覚えています。
正解が分からないなりに調べ、考え、ときには失敗しながら進めました。
時間はかかりましたが、そうした経験が少しずつ、自分なりの判断基準になっていきました。
もちろん、何も教えずに放っておくことが、任せることではありません。
困ったときに相談できて、最後には責任を持ってくれる人がいる。
その安心があるからこそ、自分なりに考えてみようと思えるのだと思います。
特に設計や施工の仕事は、正解が一つではありません。
図面の描き方も、納まりの考え方も、現場への伝え方も、人によって少しずつ違います。
自分と違う進め方を見ると、つい口を出したくなります。
けれど、自分とまったく同じやり方をする人を増やすことが、会社にとって良いことなのかは分かりません。
違う視点や考え方が加わることで、自分一人では見つけられなかった答えに出会うこともあります。
任せることは、単に自分の仕事を減らすためのものではありません。
誰かの考えを加えながら、自分一人ではつくれなかったものを、一緒につくっていくための方法でもあります。
まだ、うまく任せられているとは言えません。
考える余白を渡したつもりが、気づけば横から口を出し、最後には自分でパソコンを触っていることもあります。
任せることについて、ここまで書いておきながら、たぶん明日も何かしら口を出していると思います。
どうやら一番成長が必要なのは、スタッフではなく、任せる側の私自身のようです….