任せるということ

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Journal | 2026.06.17

会社を始めた頃は、自分一人しかいませんでした。

設計も、見積もりも、現場の確認も、請求書の発行も、細かな連絡も、すべて自分でやっていました。

自分で考えて、自分で決めて、自分で責任を取る。
当時は、それがごく自然なことでした。

その後、少しずつスタッフが増え、これまで一人でやっていた仕事を分担するようになりました。

そこで初めて、「任せる」ということについて考えるようになりました。

正直に言えば、今でも自分でやった方が早いと思うことは多いです。

自分で確認した方が安心できますし、自分の知らないところで仕事が進んでいると、少し落ち着きません。

一人で仕事をしていた頃の感覚が、今もどこかに残っているのだと思います。

ただ、仕事を渡すだけでは、任せたことにはなりません。

これまでの経緯や、お客さまとの会話、予算の感覚、納まりの考え方。
自分の頭の中には、判断のもとになる情報がいくつもあります。

それを十分に伝えないまま仕事をお願いして、思っていたものと違うものが上がってくると、

「やっぱり自分でやった方が早かったな」

と思ってしまいます。

けれど、振り返ってみると、相手の問題というより、自分の伝え方が足りなかったことも多くありました。

任せる側は、つい「これくらいは分かるだろう」と考えてしまいます。

でも、任される側からすれば、判断するための材料が渡されていません。

その状態で、こちらが思う答えだけを求めるのは、少し違う気がします。

一方で、細かく指示を出しすぎるのも難しいところです。

手順も判断も答えも、すべてこちらで決めてしまえば、仕事はその通りに進みます。
短い目で見れば、その方が早く、間違いも少なくなります。

ただ、それが続くと、任された側は少しずつ、自分で考える必要がなくなってしまいます。

「次は何をすればいいですか」
「この場合はどうすればいいですか」

と、その都度、指示を待つようになります。

でも、それは本人だけの問題ではありません。

任せると言いながら、考える余白をこちらが小さくしていることもあります。

任せるということは、仕事と一緒に、考える余白も渡すことなのだと思います。

目的や、品質、予算、工期、法令など、外してはいけないことは共有する。

そのうえで、進め方や答えの出し方は、できるだけ本人に考えてもらう。

自分の考えと違っていても、すぐに直すのではなく、まずはなぜそう考えたのかを聞いてみる。

そうしたやり取りを重ねながら、少しずつお互いの判断基準を共有していくのだと思います。

では、自分がスタッフだった頃はどうだったでしょうか。

振り返ってみると、最初から自分で考えて動けていたわけではありませんでした。

分からないことも多く、失敗しないように、指示された範囲から出ないようにしていた時期もありました。

一方で、細かな指示を受けた仕事よりも、ある程度任せてもらった仕事の方が、今でもよく覚えています。

正解が分からないなりに調べ、考え、ときには失敗しながら進めました。

時間はかかりましたが、そうした経験が少しずつ、自分なりの判断基準になっていきました。

もちろん、何も教えずに放っておくことが、任せることではありません。

困ったときに相談できて、最後には責任を持ってくれる人がいる。

その安心があるからこそ、自分なりに考えてみようと思えるのだと思います。

特に設計や施工の仕事は、正解が一つではありません。

図面の描き方も、納まりの考え方も、現場への伝え方も、人によって少しずつ違います。

自分と違う進め方を見ると、つい口を出したくなります。

けれど、自分とまったく同じやり方をする人を増やすことが、会社にとって良いことなのかは分かりません。

違う視点や考え方が加わることで、自分一人では見つけられなかった答えに出会うこともあります。

任せることは、単に自分の仕事を減らすためのものではありません。

誰かの考えを加えながら、自分一人ではつくれなかったものを、一緒につくっていくための方法でもあります。

まだ、うまく任せられているとは言えません。

考える余白を渡したつもりが、気づけば横から口を出し、最後には自分でパソコンを触っていることもあります。

任せることについて、ここまで書いておきながら、たぶん明日も何かしら口を出していると思います。

どうやら一番成長が必要なのは、スタッフではなく、任せる側の私自身のようです….